2. 卵巣
1. 卵巣・卵管の解剖

卵巣は充実性の臓器です。左右一対存在します。卵子を成熟させたり、ホルモンを産生する機能があります。妊娠可能な年齢での長径は4cm程度です。卵巣表面に見られるくぼみは排卵の際にあいた孔です。閉経(50歳ぐらい)の後の卵巣はしぼんで表面にしわが寄ってきますが、なめらかになる場合もあります。
卵巣実質は外側にある白色の皮質と、内側にある灰白色の髄質に分けられます。妊娠可能な年齢では皮質が広い範囲を占め、髄質は不明瞭です。透明の液を入れた嚢胞(卵胞)が多数見られ、黄色い結節(黄体)も認められます。閉経後には皮質と髄質の境界にある白い結節(白体)によって髄質がわかりやすくなります。髄質は透明感があり、細い血管を見ることができます。
卵巣から子宮へと伸びる管状臓器が卵管です。右卵管は虫垂の近傍を通ります。主な機能としては卵巣から放出された卵子をつかまえて精子と受精させ、着床できるまで育ててから、子宮内腔へと送り出します。卵管は4つの部位に分けられ、腹腔に開口し卵子が入る采部、受精のおこる太い膨大部、精子を貯める細い峡部、子宮壁を通る間質部があります。采部は多数のヒダで開口部分が縁取られています。最も大きなヒダは卵巣とつながっています。卵管あるいはその近傍から胞状垂と呼ばれる茎のある数mmの小胞が伸びていることがありますが、腫瘍ではありません。
卵管を上縁として骨盤から子宮まで腹膜がシート状に突出しており、これを子宮広間膜と呼びます。子宮広間膜の途中から卵巣へ卵巣間膜が伸びています。卵巣間膜が卵巣に付着する部分を卵巣門と呼び、動静脈が通ります。この部分には男性のライディッヒ細胞に相当する門細胞が存在します。卵巣門以外の卵巣実質は腹膜と連続した漿膜とその下にある結合織性の白膜で覆われています。漿膜と白膜をあわせて被膜と呼びます。
所属リンパ節は腹部大動脈周囲リンパ節と骨盤リンパ節(内腸骨、閉鎖、外腸骨、総腸骨、仙骨リンパ節)、鼠径リンパ節です。

2. 卵巣癌の肉眼的分類(卵巣癌取扱い規約第2版)

卵巣癌の多くは嚢胞から発生すると考えられていて、他の臓器に比べ嚢胞状の病変が多いです。そのため腫瘍被膜が術前あるいは術中に破れたことを意味する被膜破綻が分類に含まれています。

TX: 原発腫瘍の評価が不可能なもの
T0: 原発腫瘍を認めないもの。
T1: 卵巣に限局するもの
T1a: 腫瘍が一側の卵巣に限局し、癌性腹水がなく、被膜表面への浸潤や被膜破綻の認められないもの。
T1b: 腫瘍が両側の卵巣に限局し、癌性腹水がなく、被膜表面への浸潤や被膜破綻の認められないもの。
T1c: 腫瘍は一側または両側の卵巣に限局するが、被膜表面への浸潤や被膜破綻が認められたり、腹水または洗浄細胞診で悪性細胞が認められるもの。
T2: 腫瘍が一側または両側の卵巣に存在し、さらに骨盤内への進展を認めるもの。
T2a: 進展ならびに/あるいは転移が子宮ならびに/あるいは卵管に及ぶもの。
T2b: 他の骨盤内臓器に進展するもの。
T2c: 腫瘍の進展が2aまたは2bで、被膜表面への浸潤や被膜破綻が認められたり、腹水または洗浄細胞診で悪性細胞が認められるもの。
T3: 腫瘍が一側または両側の卵巣に存在し、さらに骨盤外の腹膜播種を認めるもの。また、腫瘍は小骨盤に限局しているが、小腸や大網に組織学的に確認された転移を認めるものや肝表面への転移もT3とする。
T3a: 腫瘍は小骨盤内に限局し、腹膜表面に顕微鏡的播種を認めるもの。
T3b: 組織学的に確認された直径2cm以下の腹腔内播種を認めるもの。
T3c: 直径2cmを超える腹腔内播種を認めるもの。

3. 卵巣の検体

卵巣は深部に位置し、かつ嚢胞性病変の破綻を防ぐために生検を行いません。確定診断は手術検体によって行われます。

1) 腫瘍摘出術
良性疾患と考えられる場合に行います。腫瘍のみを摘出し、卵巣と卵管を残します。腫瘍被膜のない部分が残存卵巣との断端です。
2) 片側付属器摘出術
良性疾患と考えられる場合に行います。腫瘍とともに卵巣と卵管を切除します。卵巣動静脈を含む漿膜で覆われていない部分および卵管が断端となります。
3) 片側付属器摘出術、大網切除術
妊娠が可能な手術です。Ia期の上皮性卵巣癌と考えられ、術中迅速診断で組織がgrade Iであるときに考慮されます。悪性胚細胞性腫瘍でも行われます。卵巣動静脈を含む漿膜で覆われていない部分および卵管が断端となります。
4) 両側付属器摘出術、大網切除術、子宮全摘出術
悪性腫瘍と考えられる場合の基本術式です。子宮広間膜(腹膜)の切除部より下が断端となります。膣と子宮傍結合織の他、子宮円靭帯や卵巣提索などが含まれます。詳細は「1. 子宮」も参照してください。同時に腹部大動脈周囲リンパ節郭清、骨盤リンパ節郭清を行います。

未固定の場合は自由縁から卵巣門・卵管方向に向かう割を平行に1cmごとに割を入れて固定します。

4. 卵巣の切りだし

1) 名前とIDの確認
あらかじめ腹水または洗浄細胞診の結果を調べておきます。

2) オリエンテーション
卵管がついている部分が卵巣門、反対側が自由縁です。

3) 計測と肉眼所見の記載
(1) 被膜の表面が不整な部分や、微小な腫瘍結節がないか確認します。嚢胞で婦人科医によって開かれている場合は、術前あるいは術中に破れていたかどうか確認が必要です。成熟奇形腫であれば腹膜炎、悪性腫瘍であればT分類が変更される可能性があります。
(2) 卵巣の大きさを測定します。通常、妊娠可能な年齢で6~7cm以上、閉経後で5cm以上の場合に手術が考えられます。
(3) 腫瘍の位置が卵巣間膜側か自由縁側かを確認します。
(4) 腫瘍径を測定します。嚢胞性疾患で開かれている場合は正確に測定できません。
(5) 嚢胞があれば、単房性か多房性か、大きさ、内容液の性状、壁の色調を観察します。3cm以下の単房性嚢胞では通常の卵胞の可能性があります。内容が暗赤色泥状、壁が褐色の場合は内膜症性嚢胞が疑われます。内容が白色泥状で毛髪が認められれば成熟嚢胞性奇形腫が疑われます。内膜症性嚢胞(特に6cm、40歳を越える場合)および成熟嚢胞性奇形腫(特に10cm、50歳を越える場合)はいずれも悪性腫瘍を合併する可能性があるため注意が必要です(特に大きい腫瘍や若年者でない場合)。
(6) 内容物を除去します。嚢胞壁に悪性腫瘍を疑わせる肥厚や乳頭状あるいは結節状の部分があるか確認します。
(7) 充実性部分があれば悪性腫瘍を疑わせる壊死や出血がないか調べます。
(8) 卵巣癌においても肉眼的病変が全て切除された場合には生存期間が延長すると考えられています。検体の切除断端に腫瘍が存在しないか確認します。

4) マーキング
被膜表面が不整な部分にインクを塗ります。嚢胞で婦人科医が開いている場合は表裏が逆になっていることがあるので注意してください。断端を切り出す場合は別の色でインクを塗ると切片上でもわかりやすくなります。漿液性境界悪性腫瘍に対して腫瘍摘出術を行った場合、断端陽性であるとほぼ腫瘍は残存あるいは再発するとの報告があります。

5) サンプリング
(1) 単房性の場合は嚢胞を開きます。小嚢胞が見られれば全て開きます。メスを入れたときに中身が飛び出すことがあるため、ティッシュペーパーで覆ったり、あらかじめ注射針を刺して穴をあけます。多房性あるいは充実性の場合は自由縁から卵巣門・卵管方向に向かう割を平行に1cmごとに割をいれます。
(2) 嚢胞内容物によって内腔が観察できない場合はよく洗い流します。
(3) 嚢胞内腔あるいは割面の写真を撮影します。
(4) 原則的に嚢胞あるいは腫瘍の最大割面から長径1cmあたり1ブロックずつ作製します。悪性の可能性がある壁の肥厚部、乳頭状、結節状の部分、充実性の部分を優先します。
(5) その他に以下の部分を作製していなければ追加します。
① 術前あるいは術中の被膜破綻部
② 被膜表面や直下への浸潤が疑われる部分
③ 癒着痕とみられる部分
④ 腫瘍と卵管を含む部分
⑤ その他、肉眼所見の異なる部分(充実性部分の壊死や出血など)
原発巣を推定するのに有用であるため、子宮内膜症を思わせる部分があれば切り出します。
(6) 卵巣非腫瘍部がわかれば切り出します。
(7) 対側卵巣・卵管は肉眼的に著変がなければ1ブロックほど提出します。ただし、乳癌の既往がある場合や乳癌、卵巣癌の家族歴がある場合は全て包埋する必要があります。卵管は全て輪切りにして、采部のみヒダに対し、垂直断となるように切り出します。
(8) 大網が提出されている場合があります。大網は20~30cm四方の薄い膜です。脂肪組織が存在するため黄色く見えます。明らかな転移巣があればその部分のみをブロックにします。転移巣の平均的な大きさは報告にもよりますが数mmです。広げて白色の結節をよく探します。肉眼的に疑わしい所見が全く認められない場合にどれだけのブロックを作製するかについては文献によって異なります。卵巣癌取扱い規約第2版ではランダムに2-3個以内の切り出しをすることを推奨しています。巻き取ると棒状になり、切り出しやすくなります。
(9) 子宮の内腔に腫瘍はないかよく観察します。正中に割を入れます。さらにこの割に平行あるいは垂直に割を入れます。正中に入れた割面を全てブロックにします。子宮体下部と頚部の前壁も作製します。腫瘍があれば最深部の筋層への浸潤距離と筋層の厚さを測定し提出します。「1. 子宮」も参照してください。

組織型が明細胞腺癌の場合やIa, Ib期で組織のgrade 2,3の場合、Ic期以上の場合に術後補助化学療法が考慮されます。

5. 肉眼像と切り出しの実際

奇形腫

線維腫

漿液性腺腫

漿液性腺癌

臓器別切り出しマニュアル

はじめに
第1. 消化器系
第2. 呼吸器系
第3. 泌尿器系
第4. 女性生殖器系
第5. 男性生殖器系
第6. 内分泌器系
参考文献